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4月12日のNHK探検ロマン世界遺産はプラハ

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昨日放送されたNHKの「探検ロマン世界遺産」は、中世の宝石と絶賛される美しいプラハの街並みや文化をどのように人々が守り抜いてきたかについて特集していました。

チェコの侵略の歴史を振り返ってみると、10世紀に王国ができ、15世紀からハプスグルク家の支配を受け、第一次大戦後の1918年にチェコとスロバキアが合同してチェコスロバキアを建国。その後第二次大戦中はナチスによる占領と国の解体、戦後は旧ソ連の圧力により共産化し、1968年の「人間の顔をした社会主義」を目指した民主化運動「プラハの春」は旧ソ連の軍事介入により阻止されましたが、1989年11月の「ヴェルベット革命」で国民悲願の民主化を達成。1993年にはスロバキアとの連邦を解消しています。

番組の冒頭は、リブシェ伝説で知られる「ヴィシェフラッド」を右手に、ブルタヴァ川を船で下ってくるシーンで始まり、アールヌーヴォー建築が立ち並ぶ様子が映し出されていました。

ヴィシェフラッド


その後は、カレル4世の時代、14世紀後半から15世紀初めに建造され、両側の欄干に30体の聖人が並ぶカレル橋や、ゴシック、ルネッサンス、バロックの建築様式の建物が立ち並ぶ旧市街広場、14世紀から600年かけて建造されたヴィート大聖堂などが登場しました。

ヴィート大聖堂のステンドグラスから差し込む光の美しさには息をのみました。また、聖ヴァーツラフ礼拝堂の壁が美しい宝石で飾られていたとは知りませんでした。

今回の番組の中では、ナチス支配化の時代のプラハの様子、「プラハの春」の時に、歌で民主化を訴えた歌手マルタ・クビショヴァさんが紹介されていました。彼女は、プラハの春以後、歌手としての活動を禁止されていましたが、「ヴェルベット革命」の時、ヴァーツラフ広場のある建物のテラスで民衆の前で再び歌を披露していました。その時のテラスが、マミンカは今のホテル・ヤルタだと思うのですが。
この他、旧ソ連支配下にあった中で、地下出版という形で命がけで主義主張を唱え続けた人々の出版物を保存している「秘密出版図書館」なども紹介され、今でもこういった図書館が存在することに驚きをおぼえました。

また、「プラハ市博物館」に展示されている1830年代に11年かけて作られたというプラハ市の精巧なミニチュアを紹介しているのは興味深かったです。このプラハ市博物館は、プラハのヒルトンホテル近くにあり、ちょっと観光スポットから離れてはいるのですが、時々おもしろい企画展も開かれるので、お勧めです。
プラハ市博物館
場所的に観光客にはあまり知られていないプラハ市博物館。2002年の洪水の時、このあたりの被害は深刻でした。

ハプスブルク家の支配下でドイツ語が強制されていたチェコ人が、チェコ語が使えるのが人形劇や民謡だけだったことから、チェコ語で人々の思いを表現するために受け継がれてきたマリオネットの文化についても触れていました。

その時登場したカレル橋のたもとにあるマリオネット店はマミンカも時々訪れましたが、自分の子どもなどの写真を持参すれば、費用は日本円にして確か1万円くらいかかるそうですが、オリジナルのマリオネットを製作してもらえると、以前に聞きました。今更ながら、メルンカは自分の顔でマリオネットを作ってほしかったなどと言っています。プラハに長期滞在か、駐在しているみなさん、オリジナルのマリオネットをオーダーすることがあったら、是非出来栄えなどをおしらせくださいね。

マリオネット店
これが、カレル橋のたもとにあるマリオネット店。オリジナルのマリオネットもオーダーできるはずです。

ティーン教会裏広場
このティーン教会の東にある広場の一角にも前に紹介したマリオネット店の姉妹店があります。

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「のだめカンタービレINヨーロッパ」第二話はフランスの美しい景色が盛りだくさん。

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「のだめSP」第二話は、パリの国立高等音楽院(コンセルヴァトワール)で様々な試練と戦いながら成長していくのだめ、プロの指揮者として日本とヨーロッパでのデヴューを果たした千秋の活躍ぶりが描かれていました。

ロケ地は、パリ、パリ郊外(ロワール?)のお城、日本のコンサートホールが中心でしたが、千秋が華々しくヨーロッパデヴューを果たした場所は、プラハのスメタナホールでした。

マミンカはパリはあまり詳しくないので、今回の「のだめSP」でロケ地に使われたプラハの場所をおさらいしておきますね。

◆ビノフラディ劇場(Vinohrady Theater)
千秋が参加した「プラティニ国際指揮者コンクール」の一次~三次予選の会場となりました。
劇場


会場の全景はこの劇場が使われたのは間違いないのですが、演奏シーンは同じくナムスティミル駅近くのNARODNI DUMのMajakovsky Hallで撮影されたような気がします。
http://www.nardum.cz/index.php?nid=3193&lid=EN

◆Grand Hotel Bohemia 
千秋がプラハで滞在したホテル。スメタナホールのある「市民会館」から目と鼻の先にあります。
http://www.austria-hotels.at/en/grand-hotel-bohemia/index.html

◆市民会館
指揮者コンクールの本選会場となったスメタナホールがあります。
スメタナホール
スメタナホール
http://www.obecnidum.cz/web/en/homepage

◆ロレッタの北側の小道(Kapucinska通り)
三次予選の後、フランク(ウエンツ瑛二)とターニャ(ベッキー)と、のだめが歩いていた道。
夜道


◆Grand Hotel Everopa
のだめが、三次予選での失敗を悔やんでいた千秋を連れ出して食事をしたレストランは、このホテルの一階にあります。
ホテルエヴロパ


◆Hanavsky Pavillion
コンクールを観たあと、のだめと千秋がお茶を楽しんだレストラン・カフェ。この建物は、1891年のプラハ万博の時建てられ、その後このレトナ公園近くに移築されました。ここからのプラハの景色は絶景です。
ハナフスキー


◆Cechuv橋
千秋がシュトレーゼマンの事務所に入ることを強制するため怪しい男に拉致される場所。
この橋の先に見える丘にはメトロノームがあります。かつてはここにスターリンの像がありましたが、ヴェルベット革命後の1991年にメトロノームが建てられました。
橋


「のだめカンタービレ」の公式HPはこちらです。
http://wwwz.fujitv.co.jp/nodame/index.html



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チェコファン待望の「のだめカンタービレINヨーロッパ」

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みなさん、明けましておめでとうございます。
チェコファンのみならず、コミックやクラシックファン待望の「のだめカンタービレINヨーロッパ」の第一話が今夜放送されましたね。マミンカも、パソコンとビデオでの録画予約を済ませ、テレビの前で30分前からスタンバイし待ちかまえていました。

残念ながら、エキストラとしての出演は叶わなかったので、どこでロケが行われたのかしっかり観させてもらおうと、地図やガイドブックをそばに置いて念入りにチェックしました。

いつ見ても美しいプラハ城、旧市街広場はもちろんのこと、今回はヴィノフラディ地区、マラーストラナ地区、フラッチャニ地区、ヴァーツラフ広場まで登場しました。

まず、「プラティニ国際指揮者コンクール」の一次~三次予選会場に選ばれたのは、地下鉄A線「ナムスティミル(平和広場)」駅近くにあるヴィノフラディ劇場(Vinohrady Theater)でした。この劇場の前にある広場はクリスマスマーケットが開かれることでも有名で、かつて作家カレル・チャペックがこの劇場の演劇顧問と演出家をしていたことからカレルチャペックの碑があります。

劇場
この美しい建物がヴィノフラディ劇場です。

碑
カレルチャペックの碑。

指揮者コンクールの本選の会場は、チェコで最も優美なアールヌーボー建築「市民会館」の中にある「スメタナホール」でした。この市民会館はミュシャ(ムハ)が内装を手がけた市長室、地下のビアレストアンやバーなど、どこを見ても感動的です。マミンカもかつてガイドツアーに参加した際には、あまりの美しさに圧倒されっぱなしでしたが、各部屋の装飾の他にも、地下の床や、壁のタイル、照明のデザインなども気に入っています。

スメタナホール
感動的な演奏シーンが撮影されたスメタナホール。

地下照明
この建物を訪れたら、照明や床のデザインも是非チェックしてくださいね。

床
市民会館の床のデザイン。

このほか、マミンカがうれしかったのは、以前このブログで「広島の原爆ドームを設計したヤン・レツルが喫茶室の階段部分のデザインを手がけた」と紹介したグランド・ホテル・エヴロパ(Grand Hotel Everopa)の一階や、1891年のプラハ万博の時建てられたハナフスキー・パヴィリオン(Hanavsky Pavillion)でのシーン。それに、フラッチャニ地区のロレッタ近くの通りでの千秋とのだめの抱擁シーンも素敵でした。

裏道
今回のシーンでたびたび登場したと思われる通り。このあたりはあまり知られていないせいか、観光客をほとんど見かけないのですが、この先にある「新世界通り」も含め是非訪れてほしい場所です。

抱擁シーン
千秋とのだめの抱擁シーンに使われていた場所です。夜のほうが雰囲気があって素敵なんですが。

パリの景色もさることながら、第一話で登場したプラハの風景は本当に素敵でした。明日の第二話も楽しみです。
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プラハ以外のお勧めの場所

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先日、「プラハ以外でお勧めの場所は?」というお問い合わせをいただいたので、チェコ各地で撮った写真を眺めて考えてみました。マミンカ一家ででかけた、プラハの世界遺産めぐりとか、お城めぐりを振り返って選んだお勧めの場所を発表しますね。

まず、チェコ第2の街ブルノのさらに南に位置するLuhasovice。ヴァーツラフ広場にある大型書店「ルクソール」で偶然見つけたある写真集を観てから、とりこになってしまったLuhasovice。ここは、帰国が迫った2006年冬にやっと訪れることができたんですが、真冬だったので、いつか夏に出かけてみたい場所です。建物マニアのマミンカにとって、ここで出合ったフォークロア・アール・ヌーボースタイルの建物の美しさは、まさに世界遺産級です。是非、大切に守っていってほしい遺産です。ここで、映画を撮ったら、素晴らしい作品になると思います。
以前にも、このブログで紹介したので、是非見てくださいね。
ルハチョヴィチェのホテル
このアールデコ・スタイルのホテルは、冬季は営業していなかったのですが、訪れた次の日から営業再開とのことで、準備中のところを、外観と玄関だけ撮ることができました。


ルハチョヴィチェ
このフォークロア・アール・ヌーボー・スタイルの建物は、ちょっと、日本の明治建築に似ていると思いませんか?

次に、チェコの有名な建築家コチェラの作品が多く残る街フラデツ・クラーロヴェー(Hradec Kralove)。ここも、チェコの観光地を紹介する重たい写真集で見て、出かけた場所です。街の博物館で、チェコの服飾の歴史展を見たのを思い出しました。この街にある建物は、実にインパクトがありました。

フラーデツ
是非、明治村に移築してほしい美しい建物でした。

次は、世界遺産でもあるホラショヴィチェ(Holasovice)。ここは、マミンカがいちばんチェコで好きな城フルボカー城の南にあって、確かこの城と一緒に訪れた場所です。細い道を延々と車を走らせてたどりついてら、まるでお伽話にでも出てくるようなそれはかわいらしい建物がきちんと並んでいて、感動しました。テルチ(Telc)も素敵ですが、是非機会があったら、みなさんにもこの村の景色を見てほしいです。

ホレショビッチェ
ホレショヴィチェには、このような建物が、池の周りに並んでいました。


フルボカ
これが、19世紀に、ウィーンから建築家を招いて、英国のチュダー・ゴシック・スタイルに改築されたというフルボカー城(Zamek Hluboka)です。


これは、フルボカー城の次に、マミンカが気にいっている赤い城です。
赤い城


まだまだ、お勧めの場所はありますが、また今度ご紹介しますね。
先日放送された「世界ふしぎ発見」はチェコ特集でした。番組のHPに楽しいエピソードがのっていますので、紹介しておきます。
http://www.tbs.co.jp/f-hakken/


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どこか似ている名古屋・覚王山とプラハの給水塔

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ご存知の通り、プラハは「百塔の街」と言われるように塔がとても多いことで有名で、マミンカは、上れる塔のほとんどは制覇してきましたが、昨日は名古屋の覚王山にある東山給水塔に上りに出かけました。
この塔は、毎年春分の日と、8月8日の年2回一般公開され、大勢の市民が訪れています。つたが絡まり、まるで帽子をかぶっているようなその姿は、とても存在感があり、頂上からは、名古屋の街が一望できます。マミンカも、メルンカとヤブルコと一段一段上っていき、展望台から今何かと話題の名駅のビル郡を確認してきました。
この塔は、昭和5年に建設され、昭和48年まで千種区覚王山一帯の高台に給水するための排水塔として利用され、現在は災害対策用の応急給水施設として再利用されているそうです。

塔
昨日は、この塔を絵手紙に描いてみました。

名駅
名駅のビル群。

プラハの塔の階段は、最初はとても楽に上れますが、頂上近くになると、急に傾斜がきつくなり、おまけに木の階段の隙間から下ものぞけるほどなので、足がすくんでしまったのを覚えています。マミンカが上った塔の中では、カレル広場近くの新市庁舎の塔や、クレミンティヌムの塔がスリル満点でした。でも、上から眺めるプラハの街並みは、本当に最高なんです。

今回上った東山給水塔に似ているとマミンカが思ったのは、ブルタバ川のMANESビルの近くに建っているシートコフ給水塔です。この塔は、何と言っても15世紀から存在しているので、プラハの古地図でも確認できるんですから、驚きですよね。
MANESビルは、建築家オタカル・ノボトニー(Otakar Novotny)の設計によるもので、造形芸術家の会「MANES」のために、1928~30年に建てられました。マミンカは、数年前ここで開かれたアンティーク市に出かけ、ヨーロッパのアンティークに時間のたつのも忘れて、見入ったものです。今でも、年に数回アンティーク市が開かれているはずです。

MANESビル
Masarykovo nabrezi 250 プラハ2区


manesと塔
このシートコフ給水塔の近くには、かつて水車もあったそうです。
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