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category古本屋

チェコの国民的女流作家ネモツヴァーの「おばあさん」

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チェコで古本屋巡りをしていたころ、必ずといっていいほど目に留まる美しい挿絵の本がありました。その本は、ボジェナ・ネモツヴァー(Bozena Nemcova1820-1862)という女流作家が1856年に発表した「おばあさん(BABICKA)」という本であることを、知るまでにそんなに時間はかかりませんでした。

でも、いくら探してもチェコ語版しか見つからず、いろいろな有名な画家が挿絵を手がけた中で、マミンカが気になっていたヴァーツラフ・シュパーラ(Vaclav Spala)の挿絵のものは、帰国するまで古本屋では見つけることができませんでした。

ただ、ルドルフィヌム前の美術工芸博物館の二階の引き出し式陳列台にだけは、シュパーラの挿絵の「BABCIKA」が展示されていたので、マミンカはこっそり模写してきました。

シュパーラの挿絵
マミンカが模写してきた、シュパーラの挿絵です。少しだけキュービズムの影響がみられます。

図録
これは、2003年秋にマラストラスカ駅近くの乗馬学校ギャラリーで行われていた、シュパーラ展で購入した図録です。青がとても印象的な美しい絵が数多く展示してあり、このとき「BABCIKA」の挿絵も観ました。


その探し続けた「BABCIKA」の日本語版を、アマゾン・マーケットプレイスで見つけたので、早速購入してみました。

おばあさんの表紙
今は廃盤になっている岩波文庫の「おばあさん」です。

日本語なのは、もちろんうれしいことですが、美しい挿絵もついていました。(白黒写真ですが)

「あとがき」をざっと読んでみたら、ネモツヴァーの「おばあさん」のモデルは、ネモツヴァーの祖母で、作者自身もおばあさんの孫娘として登場しているとのこと。ただ、かなりの虚構化、理想化はおこなわれているそうですが。

この長編小説は、これから秋の夜長にかけ、じっくり読むとして、マミンカがたどった、ネモツヴァーと、シュパーラのゆかりの場所について紹介させてください。

胸像
ムステーク駅を出て、ナ・プシコペ通りを少し歩いて上を見上げると、銀行の建物の角にこのネモツヴァーの胸像があります。でも、いったいなぜここに、この胸像があるのかは不明です。

ヴィシェフラッド墓地には、カレル・チャペック、スメタナ、ドボルジャークなどチェコの文化人約600人が眠っていますが、墓地の中央にある合同霊廟「スラヴィーン」にはシュパーラの墓があります。この「スラヴィーン」には、チェコ文化を代表する50名以上の人物が葬られていて、画家のムハ、建築家のゴチャールなどの名前ももちろんあります。

墓
「スラヴィーン」にあるシュパーラの墓です。

「スラヴィーン」の向かって右手には、ネモツヴァーの墓があります。記念碑のようなその墓の下の方には、おばあさんが孫たちに色塗りの箱をあけて見せているようすのレリーフがはめこまれています。

ネモツヴァーの墓碑
これが、ネモツヴァーの墓です。残念ながら、レリーフはあまりよく見えないですね。

シュパーラ
これは、「ミューラ邸」から徒歩で10分くらいのところにある、シュパーラのアトリエです。シュパーラの像が壁につけられていました。シュパーラはもう亡くなっていますが、彼のお嬢さんが現在画家として活動していると聞いたことがあります。
このあたりには、こんな風にアーティストとみられる顔がついた建物が結構あって、楽しめ(?)ます。
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category名古屋・近郊案内

哀愁の日本大正村

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愛知県には、全国的にかなり有名な博物館・明治村(犬山市)や、最近、中村玉緒さん出演のCMで知名度が上がってきている日本昭和村(美濃加茂市)、そして、かつて高峰三枝子さんが村長となって話題となった日本大正村(明智町)があります。

この、大正村へは、マミンカは開村間もない20数年前に、訪れたことがあったのですが、昨今のレトロブームで、ちょっと興味を持ち始めたヤブルコ、メルンカも連れて先日再び訪れてみました。

ここは、すっかりテーマパーク化された他の二つの村と違って、かつて養蚕業で栄えていた明智町の街の一角を、まるごと大正博物館としているのが特徴です。

大正路地
こんな黒壁の路地があったり、かつての町役場、郵便局、銀行蔵、邸宅などを、当時の新聞、玩具、絵画などを展示する資料館として利用しています。

役場

昭和32年まで、現役だった町役場です。ここには、古い雛人形などが展示してあります。

アコーディオン
村の小高い丘に建つ「大正ロマン館」には、1910~20年代のヨーロッパの家具や、オルゴール、この地出身の山本芳翠の絵画が展示されています。アコーディオンの展示室には、なぜかプラハの旧市街広場の写真が、飾られていて驚きました。(チェコ製の楽器はどこにも展示されてなかったのに)。

変わったところでは、かつて京都にあった「カフェー天久」の机や椅子を残した喫茶店「天久喫茶」があり、散策の合間にちょっと一息ついて、ジュースや、ホットケーキをいただいてきました。この店のおばちゃまウエイトレスさんの、エプロンがメイドっぽくてかわいかったのが、マミンカは気に入りました。

喫茶店に隣接する「大正時代館」には、、カフェで使われていたと思われる食器や、玩具、建築の写真などが展示されていました。

この他、390年前(ヨーロッパでは、30年戦争の真っ只中?)に建てられたという、かやぶき屋根の旧三宅家などもあり、見ごたえがありました。

残念だったのは、「うかれ横丁」の旧カフェー「グリルたなか」が、店主の病気のため閉店していたこと。マミンカは、かつてレトロな内装の店内で”大正の味”(この店のオリジナルのカツどんだったと思いますが)に舌鼓を打った記憶があるのです。

たなか
ここが、かつてカフェーだった「グリルたなか」です。ぜひとも、再開してほしいです。

「うかれ横丁」は、中馬街道の一部で、生糸生産のさかんな頃は、旅人や馬子を相手にうどんや酒を売る店が並んでいたそうです。通りには道路を跨ぐ渡り廊下のある家もあり、楽しめました。

わたり廊下
誰が呼んだか「うかれ横丁」の、ユニークな渡り廊下のある家です。かつては、料亭だったのかもしれません。

全体的に、大正村はPR不足のせいか、訪れる観光客も少なく、今は閉店している飲食店もあったりして、夕焼けの似合う哀愁ただよう場所になっている気がしました。

大正時代の文化をより多くの人に知ってもらうためにも、もう少し、この村に活気が戻ってくることを願ってやみません。

日本大正村のHPはこちら。
http://www.nihon-taishomura.or.jp/
category

ヨーロッパで見かけた白いモコ犬はビション・フリーゼでした

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プラハに住んでいた時、白い綿菓子のようなそれはキュートな犬を時々見かけ、マミンカ親子は、「かわいい~」と近寄って行っては、しげしげ眺めていました。きっと、プードルか、マルチーズが、まあるくトリミングしてあるのだろうと、勝手に想像していました。

先日、信州の清里にある清泉寮に出かけた時、ベビーカーに乗って散歩(?)している、まさにあの白いモコ犬の親子に遭遇し、飼い主の女性に犬種をたずねたら、「ビション・フリーゼ」という返事が返ってきました。マミンカは、さっそく手帳にメモし、後で調べてみることにしました。

今日、思い出して調べたところ、あの、愛らしくも、どこか優雅な雰囲気をかもしだしている白い犬の犬種は、16世紀のフランスで、貴族たちに「抱き犬」としてかわいがられていたという、ビション・フリーゼ(Bichon Frise)だったのでした。

「ワールドドッグ図鑑」によると、フランス語の「愛くるしい・巻き毛」を意味するビション・フリーゼは、もともとカナリア諸島テニリフェ島の古い土着犬だったそうです。14世紀にイタリア人が、ヨーロッパに持ち出し、以後16世紀の中ごろには、フランスの貴族社会で、大人気となったとのこと。ヨーロッパの肖像画に貴族や王女とともに、描かれることも多かったらしいので、是非観てみたいものです。

ビション
ずっと、気になっていたモコ犬の、犬種がわかりすっきりしました。マミンカが住む愛知では、まだ見かけたことがないので、もし飼うことができたら一躍近所の人気犬になるでしょうが、美容院代が相当かかりそうですね。

もこ
このモコ犬は、プラハで見かけました。


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