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プラハを見下ろすジシュコフの巨大な騎馬像

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お気づきの方もいるかもしれませんが、プラハの東の方角に目をやると、丘と白い建物と黒い像が見えます。これも、マミンカが気になって仕方がなかったもののひとつなのですが、この丘は、1420年7月14日にヤン・ジシュカJan Zizka(1370頃~1429年)率いるフス教徒軍と、きおのドイツ皇帝ジギスムントSigismundの十字軍との戦いがあった場所です。何千という十字軍の兵に対し、ジシュカ(独眼だったそうです)は、少数の兵を率いてみごと勝利を収めました。この丘があったあたりは、1877年にヴィートコフ(Vitkov)からジシュカの名にちなんでジシュコフ(Zizkov)と地名が変更されました。またジシュカの活躍を記念するとともに、第一次世界大戦の犠牲者を悼む目的で、1920年代に記念碑と国民記念館が建てられました。1950年代には彫刻家Bohumil Kafkaにより、高さ9mの世界最大の騎馬像が作られました。白い建物の国民記念館は、チェコスロバキア国民の独立のための奮闘を記念するためのものでしたが、その後共産主義の指導者たちの墓所となりました。今後、この記念館をどのように使用するかは未定ということです。
像

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1932年の住宅展開催地BABA(プラハ6区)は穴場の絶景ポイント

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マミンカ一家が暮らすプラハ6区は、外国人が多く住み、大使館や大使公邸も数多く存在しています。そんな6区の高台にBABA(チェコ語でおばあさんという意味らしい)という閑静な住宅地があります。ここは、1932年にチェコスロバキア工作連盟の後援の下、住宅展が開催されました。この住宅展は、ドイツ・シュトットガルト(1927年)や、チェコ・ブルノ(1928年)で開催された新住宅展がきっかけとなりました。しかしBABAの住宅展が他と異なるのは、個人の施主を集めて費用を工面したという点です。チェコスロバキア工作連盟の理事長であった建築家パヴェル・ヤナックが全体計画を行い、1880年~1904年の幅広い年代の建築家(ヨゼフ・ゴチャールなど)が32棟の住宅を設計しました。大半の建築は修復され、現在も人々が暮らしています。ここは、チェコの機能主義建築の野外博物館のような所でもあり、隠れた絶景スポットでもあります。ちょうど、Villa Mullerを少し小さくしたような建物が並んでいて、おもしろいです。
川
BABAの丘から見えるブルタバ川
プラハ城
BABAの丘からプラハ城を臨む
赤の窓枠

邸宅

猫

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